関取の故郷巡りは残り三県となりました。

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北海道からスタートした関取の故郷巡りは宮崎、鹿児島、沖縄の三つの県を残すだけになりました。本場所開催中はそれに専念して、それ以外の時にヒマを見つけて(と云ってもやる気が出たときという意味です)書いている訳で、思えば長い旅でした。 今回は力士が少ない宮崎と沖縄を紹介します。そして次回`相撲王国`の鹿児島をトリとします。


<a href="http://blog-imgs-54.fc2.com/s/n/a/snappynet/20130211092744e43.jpg" target="_bla
nk">突っ張り関取の故郷巡り 地図


◆宮崎県


 宮崎

伝説の域を出ないが鬼太夫禮季という力士がいて日向の産とされる。

<江戸>
 天保年間に友綱良助が現在の延岡市から出ている。玉垣部屋の力士で四股名を岩ノ戸、荒木野、千田川と変え、最高位の前頭筆頭で友綱を襲名した。三代目の友綱である。

天保14年に三ツ鱗龍八(東諸県郡国富町-玉垣部屋)が入幕した。三ツ鱗は北条家の家紋として知られる。引退直前の最高位前頭5枚目で大淀音右エ門と改名している。


<明治> <大正>
 幕内力士はいない。
  

<昭和>
   関脇は栃光興福(児湯郡高鍋町-春日野部屋)がいる。花のニッパチ組で期待され関脇になったが、半身になる相撲が多く上位にはあまり勝てなかった。

しかし10年近く幕内を維持した。本名の金城を四股名にしていた時期も長く、私は金城の方が印象が強い。

小結に羽黒岩(延岡市―立浪部屋)がいる。 部屋の先輩、羽黒山、名寄岩から貰った四股名だが、本名の戸田で相撲史に名が残った。

 「世紀の誤審」と呼ばれた大鵬の連勝が45で止まったあの一番で勝ち星を拾ったのが戸田だった。引退後は年寄り雷として定年まで務めた。


<平成>
  幕内はまだいない。(延岡市出身の琴恵光が九州場所で十両になったが負け越した。)

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◆沖縄県

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<昭和>     
  沖縄県初の関取と話題になった琉王(那覇市ー朝日山)は大分県中津市で生まれ復帰前の那覇市で育った。高校は奄美高校に入り柔道をした。

37年11月場所が初土俵、45年11月場所で新入幕を果たす。最高位は前頭筆頭。突き、押史の相撲だった。


<平成>
  現在まで幕内力士が三人いる。

琴椿(那覇市ー佐渡ヶ嶽)は真面目な力士というイメージが強い。佐渡ヶ嶽部屋で先代との出会いよかったのだろう。現白玉親方である。(解説の声がいい!)

 若ノ城(那覇市ー間垣)は192cm、159kgの恵まれた身体だがケガや病気に悩まされた悲運の力士だった。序二段での引退は残念だ。最高位は西前頭6枚目。

琉鵬(中頭郡中城村-立田川、陸奥)は幕内を1場所経験(東16枚目)したが、膝や、以前から悪かった腰の治療とリハビリのために休場が続き序の口での引退だった。

若ノ城と同様に気の毒な結果だが両者の第二の人生に幸あれと切に思う。 
        (時代区分は入幕時で行っています)

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